【ジョイゾー社員数珠つなぎインタビュー】 四宮靖隆 「SIで疲弊した自分だからこそ伝えたい、楽しいシステム開発とは?」(前編)

前編:「だれも幸せにならないシステム開発なんてやりたくない」情シス時代とSI時代に見た疲弊したシステム開発の世界

kintoneに感銘を受け、代表の四宮が会社を設立して8年経ちました。8年も経つと、思い出は盛りだくさん。300社を超えるお客様の業務改革を手がけてきたこれまでの日々を、社員数珠つなぎインタビューで振り返っていきたいと思います。

まずは代表の四宮から、情報システム部門時代とSI時代に見た「疲弊したシステム開発の世界」、そしてkintoneとの出会いから着想したジョイゾーと「システム39」の立ち上げについて、前後編でお届けいたします。

−本日はよろしくお願いいたします。まずはJapan IT Week※お疲れ様でした…!
サイボウズ※さんがJapan IT Week出展を今回でラストにされるということで、kintoneを開発当初から見守り続けているジョイゾーとしては、感慨深いものがありましたね。ちなみに、四宮さんとサイボウズの出会いはいつになるのでしょう?

※Japan IT Week:年に3回開催されるIT専門展。リードエグジビジョンジャパン株式会社が主催。
※サイボウズ:サイボウズ株式会社。クラウドサービスの企画・開発・販売・運用を行う
※kintone:サイボウズ株式会社が展開する業務アプリ構築クラウドサービス

四宮:サイボウズさんとの出会いは2社目のときです。自分はジョイゾー立ち上げまでに3回転職をしているんです。ジョイゾー以外で長く所属した組織は、小学校だけですね(笑)

社会人最初の仕事は、鬼軍曹と共に挑んだシステム刷新

—ええ!結構波乱万丈ですね。そんな四宮さんの今までのキャリアを、少しお聞かせ下さい。

四宮:大学を出て最初は、保険会社のシステム開発を行う会社に就職をしました。就職する時に、これからはコンピュータの時代が来るだろう、という直感があったんです。
自分が社会人になったのは1999年で、商用のインターネットが出たばかりの頃。まだすべての人がメールアドレスを持っておらず、インターネットの接続もダイヤルアップという時代でした。
インターネットに接し、その世界の魅力に惹き込まれ、プログラミングに興味を持ちました。
しかしながら配属されたのは、システムを開発する部署ではなく、社内の情報システム部門でした。

−出鼻をくじかれましたね。

四宮:そうなんです。配属されてすぐ、会社のインフラを全面刷新するプロジェクトに投げ込まれます。
鬼軍曹のような上司の下に3人の新人が配置され、1年間たった4人で500人の社員が使う社内システムの再構築に奔走しました。

—鬼軍曹…

四宮:見た目もやり方もかなりワイルドでした。情報システム部門は行きたい部署でもなかったので、当時はとても嫌でしたね。半年くらいで辞めようと思っていました。
でも「一生懸命やって、それでもいやだったら辞めよう」と気を取り直して、1年間取り組みました。
月曜日から金曜日までは、必ず毎日22時まで帰れないという日々で、いや、もう本当に地獄でしたね。

−それは地獄ですね…。全然Enjoy ITではないですね。

四宮:しかもそのプロジェクトが完了した後に、鬼軍曹のような上司が突然辞めてしまうんです。

−えー!となると残されたのは当時2年目の3人だけ…

四宮:そうなんです。Windowsのサーバーが落ちて全然復旧しないとか…様々な経験をしました。
もうプロジェクトに新人しか残っていないので、3人で助け合って、なんとか乗り切りました。ただ、ただもうがむしゃらに働いたので、とても力はつきましたね。いまの自分の財産にもなっています。
インフラ刷新プロジェクトにおいては、自分はLotusNotesの担当で、社員用の設定を行ったり運用ルールを決めたりしていました。
そこから私のグループウエア人生は始まっています。

無駄が売上につながる違和感を拭えなかったSI時代

−遠からずサイボウズさんとの縁を感じますね。

四宮:1社目は3年ほど勤めました。3年経つと社内も落ち着いてきて、自分のやりたいことに目を向けられるようになりました。
そうしてやっぱり、お客様向けにシステム開発がしたいなと思ったんです。そこで2003年に社員100名ほどのSIerに転職します。
官公庁のお客様が抱えているシステムの課題を一緒に解決していきました。

—自分の前職時代、情報システム部門の仕事をされている方がお客様になったのですね。

四宮:そうです。情報システム部門にいたので、目の前にいる情シスの方の気持ちがすごくわかります。
社員のみなさんは、情報システムって、動いて当たり前だと思っています。普段は情シスの存在を気にかけていないのに、社内システムが止まった時にマイナス評価を突然下すんです。
だから、情報システム部門って、とても苦しい立場でもあるんです。そうした気持ちを汲み取って、彼らの立場からやりやすいような仕事を心がけていたので、信頼してもらえたのかもしれません。
ちなみに当時は自社のインフラも見ていました。自社の案件管理を「サイボウズ デヂエ」※で構築したりしていたんです。
※サイボウズ デヂエ:サイボウズが展開していたWebデータベース・ソフトウェア。現在は販売を終了している。

—お客様の案件を手がけながら、ご自身で会社の情報システム部門のような動きもされていたのですか。

四宮:そうなんです。もともと仕組み化すること、整理することが好きなんですよね。
小さい頃も、シムシティ※で碁盤の目のような、整然とした街を作ることに熱中したりしていました。
※シムシティ:エレクトロニック・アーツより販売されている、リアルタイム都市経営シミュレーションゲーム。プレイヤーが市長になり、街を運営する。

−なにごとも整理したい欲求があるんですね。

四宮:お客様の案件や、自社のインフラまわりと向き合っていると、システムの問題点がどんどん見えてくるんです。
そして、システムを使う人をイメージしながら、改善案にいくつか当たりをつけて、実際に試してみる。使われなかったら、また別の案を試す。
その繰り返しで仕事をしています。10個試して2〜3個うまくいけばいいな、といつも考えていますね。

—自分なりに戦略を立てて、トライアンドエラーすることに面白さを感じるのですね。それはお客様の目の前でアプリを開発する「システム39」のやりかたに通ずるものを感じます。

四宮:そうなんです。仕事もプライベートも、シミュレーションが好きなんです。信長の野望※とか、大好きです。笑。
※信長の野望:日本の戦国時代を舞台にした歴史シミュレーションゲーム。

—四宮さんのやりたいことが、どんどんkintoneに近づいてきました。ちなみに、2社目で印象に残った仕事はありますか?

四宮:とある市役所さんの仕事が印象に残っています。LotusNotesからガルーンへの移行でした。
蓄積されていたメール1通1通をすべて移行するというかなり骨の折れる作業もあったのですが、調べてみると移行元はスパムペールばかりなんですよ。

—スパムメールだったら移行しなくてもいいのでは…

四宮:私もそう思いました。でも当時の情報システム部門の方から「あとで職員から何か言われるかもしれないから、とりあえず全部移行して、追加費用は払うから」と言われて、年末の寒さの中、粛々と作業しました。
正直無駄な作業だよな、と思いましたね。

—そうなんですね

四宮:でも、自分が無駄だと思っているものが会社の売上につながります。それに対して、違和感が拭えませんでしたね。
2社目は5年勤めましたが、業績は悪くなる一方で、それに対して誰かが「改善しよう!」という声を上げるような雰囲気もなかった。
みんなが上から言われたことをただやる、という状態に突入していました。問題は積層しているのに、誰一人改善しようという意欲を持たない、見ないふりをするということに、気持ち悪さを感じました。

ITで世の中が変わる、という期待感を持ってシステム周りの仕事をしているのに、1社目も2社目も疲弊感が強く漂っていました。それをなんとかしたかった。誰も幸せにならないシステム開発なんてやらなくていい、と心から思います。トライアンドエラーをしながらシステムを作り、業務の課題を解決する、そんな世界を見たいと思いました。
そして、3社目に転職してまもなく、2009年になったころ、kintoneに出会います。kintoneだったら自分の描いた楽しいSIが実現できると思ったんです、こうして、ジョイゾーの立ち上げ、そしてシステム39の着想へと心を傾けていきます。

−ありがとうございます。四宮さんがkintoneやシステム39に可能性を感じるのは、自身の原体験から来ている部分が大きいのだなと感じました…!

後編はサイボウズさん、そしてkintoneとの出会いを振り返りながら、ジョイゾーの目指す「Enjoyできるシステム開発」をさらに深掘りしていきます。

後編に続く。

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